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企業インタビュー
樋口 英樹さん(第一生命保険株式会社)

第一生命ゆかりの地、京橋の繁栄のために
責任を果たしていきたい。

古くから京橋で事業を営まれている方にご挨拶に伺ったところ、「もう動かないでくれ」「第一生命のビルの建て替えで人の流れが変わったよ」と、大変喜んでいただけました。この地域での第一生命の責任は重いと感じています。

110タワー 今年9月、弊社は110周年を迎え、第一生命ゆかりの京橋にシンボリックなビル、「相互館110タワー」を建設しました。相互館110タワーは、1921年に建設された初代の第一相互館と同じような風情のレトロな外観にしています。初心を忘れずに、未来永劫頑張りたいという思いからです。

1921年に建てられた初代相互館は、建設にあたり当時の年間保険料収入の4分の1を使ったそうです。設計者は東京駅も設計した、今話題の辰野金吾です。創業者である矢野恒太は将来性を考え、相互会社の信頼のシンボルたる高い堂々たる社屋が必要であると考えました。また相互会社は目先の利潤を追うのではなく、50年先の安定こそ目指さなければならないという確固たる信念を持っていました。

そんな初代相互館は第一生命の二度の危機を救っています。一度目の危機は竣工から2年後の関東大震災です。震災で周辺のビルは全部倒れてしまい、相互館も倒壊したという噂がたつなか、健在だった相互館の写真を絵ハガキにして全国の契約者に発送しました。二度目は戦争です。今年、日比谷の旧第一生命館はGHQによる接収解除・返還60周年を迎えます。GHQは接収にあたり、旧第一生命館(当時の本社屋)を72時間以内に空け渡すよう命じました。その際は、当時相互館に入居していた、現在のアサヒビール株式会社に相互館を急遽お譲りいただき、事業を継続することができました。

第一生命都心総合支社は、8月末に京橋三丁目に戻ることができましたが、正直に申しますと相互館110タワーへの入居は不可能だと思っていました。支社は不便な場所に構え、便利な場所はお客様に入居頂き賃料を得る方が投資効果は大きいからです。私は無理を承知で、相互館110タワーの建設にあたり、第一生命の思い、創業者の思いを書いて弊社役員に送りました。「第一生命ゆかりの地に、弊社が入らず地権者としてだけの存在というのはいかがなものか、事務所が狭くなってもいいから京橋に戻りたい」という内容です。そこまでして戻ろうとしたのは弊社職員にも京橋に戻りたいという強い思いがあったからです。京橋に入居できたからには、もう動かないつもりです。

相互館110タワーは地区計画に基づいてオフィス、ショールーム、ショップ、飲食など多様な用途を複合しています。その中で弊社のオフィスは、立地条件を活かして"人の出入りができる"ようにしたいと思い、商談と催事のスペースを設けました。保険のご提案を行う商談スペースは、社内の他部署向けにフルオープンにしています。地方の弊社セールスパーソンが上京する折に商談のスペースとして利用するという拠点にもしたい。そういう思いで確保しました。多くのお客さまに京橋(相互館110タワー)を知っていただくことの波及効果は大きいと思っています。一方催事スペースは、地域とともに発展していく、起点にしていきたいと思っています。企業マッチング、地域のお店をアピールいただく機会をお作りする等、土日も含めた活性化を行っていきたいと考えています。弊社のブランドで集客を行うことで、京橋地区に貢献できるかと思います。

私の入社は昭和57年、勤続30年になりました。東京都心エリアの管理部門や人事部門、福岡や名古屋への転勤を経て、昨年4月から都心総合支社長になりました。このエリアは平成10年から5年間担当しておりましたので、マーケットの属性は理解しているつもりです。日本の中心、まさに激戦区、売り上げを上げるにはそれなりに労力がいる。しかしいったん開拓して取引いただくと契約の規模は郊外の比ではない。営業の会社にとって圧倒的にメリットが大きい地区。マーケット的には、まさしく"スモールテリトリー・ビッグシェア"です。

弊社は日本橋が発祥ですが、創業者の矢野恒太は京橋の交差点の四隅の土地は日本の中心になっていくと考えました。そこで、期待をもって先行投資で購入した地区なのです。ですから京橋の繁栄を願う気持ち、地元意識は強く持っています。

しかしながら、現在の京橋には問題点があるのではないかとも思っています。あえて強い言葉で言えば、現状、日本橋から銀座までの間がブラックホールのようなイメージになっているように思います。日本橋、東京駅は再開発を進め、銀座はご存知のような状況です。それらと比べれば、京橋はやや中途半端な感じが否めません。銀座、東京に隣接しているにもかかわらず、飲食店も少なく人が集まってくる目玉がない。あえて京橋で降りなければならない理由がないのではないでしょうか。京橋は、休日に歩いてみると人通りが少ない一方、平日は京橋に似た性質を持つ日本橋は、昔の街並みや店があって、休日に催事が行われている。京橋の今後にとってこれがヒントになると思っています。弊社では、どこまでできるかわかりませんが土日でイベントを実施してみようと思っています。そうすれば少しでも波及効果が生まれるかもしれない。京橋は交通の便利がいいですからね。相互館110タワー、創生館、京橋3−1プロジェクト、いずれ行われるだろう京橋第一生命ビルの再開発も含めて、土日の京橋を活発化させる。第一生命の責任と役割は大きいと自覚しています。

町会には、まちづくりの長期ビジョンをお示しいただくことを期待しています。私としては、京橋のまちづくりは会社を動かしてでもやりたいと思っています。弊社には、支社という単位ではここまでしか権限がないとか、決めごとが多くあります。しかしこの地は第一生命にとって特別な地。社内の規制をも変えるつもりで、新しい概念でまちづくりに参画できればと思っています。相互の繁栄のために町会といい関係を築いていきたいですね。

お互いに宣伝しあって、コミュニケーションをとって、まちづくりを進めていく。そして京橋でお金を消費していただく。それが何よりも大前提でしょう。京橋の企業全体でもっと儲かることが大事だと思います。内の仕事ばかりを考えていてはできません。地域として人を呼び込んでくる。仕事につながるかはその次です。京橋の皆さまと丁寧にお付き合いをしながら、私どもが一生懸命頑張ることによって京橋の繁栄に貢献していきたいです。

樋口 英樹(ひぐち ひでき)
1960年福岡県生まれ
第一生命保険株式会社都心総合支社支配人・支社長

樋口英樹さん

聞き手
中崎 隆司(なかさき たかし)
1952年福岡県生まれ
建築ジャーナリスト・
生活環境プロデューサー

中崎隆司